「NEET NEET NEET (IN THE CITY)」

ryoma200x2007-04-24

日は天高く昇り、街は出勤ラッシュの喧騒からすっかり落ち着きを取り戻した。少し早めの昼休みをとるOLやサラリーマンがまばらに行き交う。そしてその間を縫うように、当ても無く闊歩するニートニートニート。悪い宗教にでも嵌っているかのような覇気の無さはもはやグランジをも超越しているに違いない。

もっとも僕もその中の一人であり、毎日ボロボロのTシャツの上にボロボロのパーカーを羽織り、小さな耳にイヤホンを押し込んで暇を持て余しているのだが。別に尾崎豊のように何かに縛られるのは嫌だとか、自由がほしいとか、(24歳の僕は)そんな子供染みた言い訳で自己正当化するつもりもないけれど、ただ働いたら負けかなと思っている。
都会とも田舎とも言えない「中流都市」のこの街を、大人だけれど子供のような僕たちは用も無くただブラブラと練り歩く。桜の花びらはすっかり散って新緑の若葉香る爽やかな初夏のはずなのに、僕の心はまだ雪積もる厳冬のような寒さだ。どーしようもない。ああ何にもやる気がしない。そして、ただ、暇だ。

歩き疲れた僕は古ぼけたビルの影で蹲り、冷たいコンクリートの壁にもたれ掛かって休んでいた。・・・・・・しばらくすると、キキッという鋭利なブレーキ音とともに、一台の車が前に止まった。見るからに胴が長く煌びやかな、まるで血統書付のミニチュアダックスコーギーを掛け合わせたような、高級車である。

このビルには「Crystal Brighten by George Brian」と書かれたオシャレな看板を構えている高級宝石店があるのだが、それは街には明らかに不釣合いな店であり(もちろん僕たちニートには到底縁のない場所である)、そんな場所に高級車が停まっている光景は明らかに周囲から浮いていたのだった。

僕は珍しい物を見る目で車をジロジロと見ていると、車の後方にある、長い車体に対して明らかに小さいドアがゆっくりと開く。どんなセレブが出てくるんだろ?暇な僕は時間を惜しむことなくジッと固唾を呑んでジッと見つめる。すると中から一人の外人らしき男が出てきた。

黒のスーツに、ハット、サングラスをした男は、立つとゆうに190センチはあろうかの長身にもかかわらず、キビキビとした素早い動きで車から降りる。そこだけまるでマンハッタンやパリのような、あまりにも場違いな雰囲気を目の前にし僕はその場に立ち尽くしあっけにとられてしまっていた。

バタムと車のドアが自動的に閉まる。2、3秒の間、男も電池が切れたかのようにピクリとも動かない。ますます気になった僕は嘗め回すように男のほうを見てしまう。「ザ・シークレット・エージェントマン(SA)」と名づけたその男は急に僕のほうを向き、ツカツカと速い足取りで歩み寄ってくる。

「何をジロジロ見ているんだい?」

僕よりも上手じゃないかと思うくらいの、ド標準語で日本語で話しかけてきた。紳士的な、優しい口調だった。戸惑う小心者の僕は小声で、

「すいません」

というのが精一杯だった。SAは少しの、心地のよい、間をおいて質問を投げかけてきた。

「君は僕らのギグを見に来てくれたのかい?」

ギグ?ああ、ライブのことか、と心の中で自問自答をする余裕はあったものの、まだ頭は混乱したままだ。少し落ち着け俺、と言い聞かせながら、この人はミュージシャンだな、この辺りにライブハウスなんてあったっけ、アマチュアが使うような小さいハコのならあったな、などと思いを巡らす。

「いいえ、違います」

とっさに出た言葉は、英語の教科書に載っているやり取りの日本語訳のような不自然にキレイな文章だった。もっと人情味がある言葉で言えないのか、と自分を戒めていると、SAは当然のように気にする素振りも見せず、

「そうか。じゃあぜひ見に来てくれよ。7時から、そこの宝石店でギグがあるんだ。」

宝石店でライブができるのか?と再び自問する。間髪いれずに、

「君も好きなんだろ?」

と僕の着ていたパーカーのラモーンズのロゴを指差しながら、と男は流暢な日本語で言う。

「私も大好きなんだ。」

ニヤッと微笑みながらその手で自分の左胸のあたりをトントンと叩くと、車の方へ振り返り颯爽と歩いていってしまった。4、5歩いったところで、歩きながらポカンとしている僕の方をチラッと振り返り見ると、その頭に不気味に乗っている黒いハットをフワッと持ち上げてみせた。まるでジョーイ・ラモーンのようなキレイなマッシュルームカットが爽やかな風になびいていた。

辺りはすっかり昼休みの会社員やOLで一杯だった。ああ、今日は初夏のいい陽気だ。